ピロリ菌研究の第一人者として知られ、大分大学医学部で消化器内科学講座の教授を務めた医師・村上和成さん。
そんな村上和成さんが、2026年10月27日に背任の疑いで大分県警に逮捕されました。
報道によると、教授在職中に大学へ約3400万円の損害を与えた疑いが持たれています。
「どんな経歴の医師なのか」「出身高校や大学はどこなのか」と気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、村上和成さんのプロフィールや出身高校・大学などの学歴、教授になるまでの経歴について整理しました。
- 村上和成は何者なのか
- 出身高校・大学など学歴
- 教授就任までの経歴と退職後の肩書き
- 背任容疑で逮捕された概要
村上和成は何者?大分大医学部の名誉教授で消化器内科医
村上和成さんは、大分大学医学部で消化器内科学講座の教授を務めた消化器内科医です。
2024年3月に大学を退職し、報道によると現在は名誉教授となっています。
以下では、プロフィールと肩書き、専門分野を順に紹介します。
大分大医学部・村上和成のプロフィール
村上和成さんの基本的なプロフィールを、学会資料や報道をもとに表にまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 村上和成(むらかみ かずなり) |
| 年齢 | 68歳(2026年10月の報道時点) |
| 職業 | 医師(消化器内科) |
| 肩書き | 大分大学医学部 名誉教授 |
| 出身高校 | 大分県立別府鶴見丘高校 |
| 出身大学 | 広島大学医学部医学科 |
| 学位 | 医学博士(大分医科大学) |
年齢は、2026年10月の逮捕時の報道によるものです。
生年月日や出身地は、公開されている略歴には記載されていません。
なお、同姓同名のプロレスラーがいますが、今回の村上和成さんとは別人です。
大分大医学部・村上和成は名誉教授
現在の肩書きについて、報道の多くは大分大学医学部の「名誉教授」と伝えています。
一方で、「特別教授」と紹介する報道もあります。
また、今回の容疑は教授在職中の行為であるため、「当時の教授」「元教授」と伝える報道もあります。
肩書きの表記は媒体によって分かれていますが、いずれも同じ村上和成さんを指しています。
大分大医学部・村上和成の専門は消化器内科
村上和成さんの専門は、消化器内科学です。
食道や胃、腸といった消化管に加え、肝臓やすい臓、胆道まで幅広い臓器を扱う分野です。
中でも、胃の病気の原因となるピロリ菌の研究や、内視鏡による診断・治療で知られてきました。
医療専門紙のインタビューでは、どの領域にも対応できる「総合」消化器内科医を育てていると語っていました。
【大分大医学部】村上和成の学歴|出身高校・大学は?
続いて、村上和成さんの学歴を見ていきます。
出身高校から大学、大学院までを順に整理しました。
出身高校は大分県立別府鶴見丘高校
医療専門紙に掲載された略歴によると、村上和成さんは大分県立別府鶴見丘高校を卒業しています。
別府鶴見丘高校は、大分県別府市にある県立の高校です。
高校時代の部活動やエピソードについては、公開されている略歴には記載されていません。
出身大学は広島大学医学部
高校卒業後は広島大学医学部医学科に進み、1983年に卒業しています。
卒業後は大分医科大学の内科に入り、医師としての歩みをスタートさせました。
大分医科大学大学院で医学博士を取得
医師として働き始めた後、1986年4月に大分医科大学大学院医学研究科に入学し、生化学を専攻しました。
1990年3月に大学院を修了し、医学博士号を取得しています。
なお、大分医科大学は2003年に大分大学と統合し、現在の大分大学医学部となりました。
【大分大医学部】村上和成の経歴|教授になるまで
ここからは、村上和成さんが教授になるまでの歩みを時系列で見ていきます。
学会の資料に掲載された略歴や報道をもとに、主な経歴を表にまとめました。
| 年月 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1983年4月 | 大分医科大学第二内科に入局 |
| 1985年9月 | 国立別府病院 消化器内科 |
| 1990年6月 | 大分市医師会立アルメイダ病院 消化器科 |
| 1991年6月 | 大分医科大学第二内科 助手 |
| 1996年10月 | 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学 |
| 1997年12月 | 大分医科大学第二内科 講師 |
| 2004年6月 | 大分大学医学部附属病院 総合診療部 助教授 |
| 2007年6月 | 大分大学医学部附属病院 消化器内科 科長 |
| 2011年10月 | 大分大学医学部附属病院 内視鏡診療部 部長(兼任) |
| 2013年5月 | 大分大学医学部 消化器内科学講座 教授 |
| 2016年4月 | 大分大学医学部附属病院 副病院長 |
| 2018年1月 | 大分大学医学部附属病院 病院長補佐 |
| 2020年4月 | 大分大学医学部附属病院 副病院長 |
| 2024年3月 | 大分大学を退職 |
助手から講師、助教授、教授へと、大分医科大学(現在の大分大学医学部)で段階的に昇進してきたことがわかります。
それぞれの時期の歩みは、次のとおりです。
大分医科大学第二内科に入局
村上和成さんは、1983年4月に大分医科大学の第二内科に入局しました。
その後は国立別府病院の消化器内科や、大分市医師会立アルメイダ病院の消化器科でも診療にあたっています。
1991年6月には大分医科大学第二内科の助手となり、大学で研究と診療を続けました。
UCLA留学を経て講師・助教授に
1996年10月には、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学しています。
帰国後の1997年12月に大分医科大学第二内科の講師となり、2004年6月には附属病院の総合診療部で助教授に就きました。
2007年6月からは附属病院の消化器内科の科長を務め、2011年10月には内視鏡診療部の部長も兼任しています。
2013年に消化器内科学講座の教授に就任
2013年5月、村上和成さんは大分大学医学部消化器内科学講座の教授に就任しました。
大学入局から30年かけて、講座のトップにたどり着いたことになります。
2017年の医療専門紙のインタビューでは、80人以上の医局員が所属していると明かしています。
副病院長や学会トップも務めたピロリ菌研究の第一人者
教授就任後は、2016年4月に附属病院の副病院長となり、病院の運営にも携わりました。
2018年1月からは病院長補佐を務め、2020年4月から再び副病院長に就いています。
2022年の学会資料では、日本ヘリコバクター学会の理事長や日本消化器病学会の副理事長として紹介されています。
ヘリコバクター学会はピロリ菌を研究する学会で、そのトップを務めたことからも、この分野の中心的な立場にあったことがわかります。
同じ2022年には、福岡で開かれた日本消化器関連学会週間(JDDW)で会長講演も担当しました。
また、ベトナムの医師に内視鏡による診断・治療の研修を行うなど、海外の医療支援にも関わっていました。
2024年3月に退職!名誉教授・特別教授へ
村上和成さんは、2024年3月に大分大学を退職しています。
報道によると、退職後は大分大学医学部の名誉教授となりました。
研究者データベースでは、現在も消化器内科学講座の特別教授として掲載されています。
1983年の入局から数えると、40年以上にわたって大分大学(旧大分医科大学)を拠点に歩んできたことになります。
村上和成が背任容疑で逮捕された概要
大分県警は2026年10月27日、村上和成さんを背任の疑いで逮捕しました。
報道によると、容疑は教授だった2022年4月ごろから2023年3月ごろにかけての行為です。
理事を務める医療法人の利益を図る目的で、大学の職員に病理組織標本4583件分を作らせ、対価を支払わなかった疑いが持たれています。
警察は、大学に3428万円あまりの損害が生じたとみています。
村上和成さんは当時、教授を務める一方で、この医療法人の理事も兼務していたと報じられています。
容疑の詳しい中身や医療法人との関係は、こちらの記事で整理しています。
→【大分大医学部】村上和成は何をした?病理標本3400万円の背任容疑と医療法人との関係を整理
共謀したとされる医療法人の54歳の理事長についても、警察が任意で捜査を続けているということです。
大分大学は2026年9月に告訴状を提出しており、27日夕方には医学部の研究棟で家宅捜索も行われました。
警察は、村上和成さんの認否を明らかにしていません。
北野正剛学長は「誠に遺憾」とコメントし、捜査への全面的な協力と再発防止に取り組む考えを示しています。
まとめ|村上和成の学歴と経歴
最後に、村上和成さんの学歴と経歴の要点をまとめます。
- 大分大学医学部の名誉教授で、専門は消化器内科
- 出身高校は大分県立別府鶴見丘高校
- 1983年に広島大学医学部医学科を卒業
- 1990年に大分医科大学大学院で医学博士を取得
- 2013年5月に消化器内科学講座の教授に就任
- 副病院長や日本ヘリコバクター学会の理事長などを歴任
- 2026年10月27日に背任の疑いで逮捕
村上和成さんは、大分の大学や病院で40年以上にわたり、診療と研究、後進の育成に携わってきた消化器内科医です。
ピロリ菌研究や内視鏡の分野で学会の要職を務め、海外の医師の育成にも関わってきました。
今回の逮捕は教授在職中の行為に関する容疑で、現時点では認否も明らかになっていません。
事実関係は今後の捜査で明らかになるとみられ、引き続き動向を見守る必要があります。