宮地克彦さんは、西武やダイエー・ソフトバンクでプレーした元プロ野球選手です。
現役時代のポジションは外野手で、2005年にはパ・リーグのベストナインに選ばれました。
戦力外通告から主力選手へはい上がった経歴から、「リストラの星」と呼ばれた選手です。
現役引退後は複数の球団でコーチを務め、2022年に女子硬式野球チーム「九州ハニーズ」の監督へ就任しました。
この記事では、宮地克彦さんの高校時代から現役成績、引退後の指導者歴までを紹介します。
あわせて、2026年9月9日に報じられた逮捕について、現時点で分かっている情報を整理します。
この記事は2026年9月9日時点の情報です。
今後の発表や報道により、掲載内容が変わる可能性があります。
宮地克彦とは何者?プロフィールを紹介
宮地克彦さんの生年月日や出身地、選手としての所属歴は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 宮地克彦(みやじ かつひこ) |
| 生年月日 | 1971年8月28日 |
| 年齢 | 55歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 大阪府 |
| 出身高校 | 尽誠学園高校(香川県) |
| プロ入り | 1989年ドラフト4位 |
| ポジション | 投手から外野手へ転向 |
| 現役時代の所属 | 西武ライオンズ、福岡ダイエーホークス、福岡ソフトバンクホークス、富山サンダーバーズ |
| 現在の肩書き | 九州ハニーズ監督・運営会社代表取締役 |
宮地克彦さんは、尽誠学園高校を卒業後の1990年に西武ライオンズへ入団しました。
高校卒業後にプロ入りしているため、大学へ進学した経歴はありません。
選手としての記録は、NPB.jpの個人年度別成績で確認できます。
宮地克彦の経歴|甲子園出場からプロ入りまで
宮地克彦さんは、尽誠学園高校時代に投手として甲子園へ出場しました。
高校卒業後に西武ライオンズへ入団し、プロ入り後に外野手へ転向しています。
尽誠学園高校で甲子園に出場
宮地克彦さんは、香川県の尽誠学園高校でエースと主将を務めました。
1988年夏、1989年春、1989年夏の計3回、甲子園に出場しています。
3年生だった1989年夏は準決勝まで進み、仙台育英高校と対戦しました。
宮地克彦さんは延長10回を投げましたが、試合は2対3で敗れています。
1989年のドラフト4位で西武へ入団
宮地克彦さんは、1989年のプロ野球ドラフト会議で西武ライオンズから4位指名を受けました。
翌1990年に投手として入団しましたが、1993年に外野手へ転向しています。
一軍デビューは1994年で、この年は4試合に出場しました。
2003年に西武から戦力外通告
宮地克彦さんは、2003年まで西武ライオンズに在籍しました。
一軍に定着できない時期も長く、2003年のシーズン終了後に戦力外通告を受けています。
その後、福岡ダイエーホークスの入団テストを受け、2004年から同球団でプレーしました。
球団名が福岡ソフトバンクホークスに変わったあとも在籍し、2006年までプレーしています。
宮地克彦の現役成績|2005年にベストナインを受賞
宮地克彦さんが現役生活で飛躍を遂げたのは、プロ16年目となる2005年です。
この年に初めて規定打席へ到達し、パ・リーグのベストナインに選出されました。
2005年に打率3割を記録
宮地克彦さんは2005年に125試合へ出場し、打率.311、3本塁打、36打点を記録しました。
同年にはオールスターゲームへ出場し、パ・リーグ外野手部門のベストナインも受賞しています。
戦力外通告を受けたあとに主力選手へ成長したことから、「リストラの星」と呼ばれました。
一軍通算457試合に出場
NPB.jpの個人年度別成績によると、一軍通算成績は457試合出場です。
通算で打率.275、316安打、12本塁打、111打点、14盗塁を記録しています。
ソフトバンク退団後の2007年は、独立リーグの富山サンダーバーズでプレーしました。
宮地克彦さんは、2007年のシーズンを最後に現役を引退しています。
宮地克彦が「リストラの星」と呼ばれた理由
宮地克彦さんは2003年に西武から戦力外通告を受けましたが、現役続行を希望しました。
2004年にダイエーへテスト入団し、翌2005年には打率3割を超える成績を残しています。
戦力外通告を受けた選手が主力へ成長し、ベストナインを受賞したことで注目されました。
- 2003年:西武から戦力外通告
- 2004年:ダイエーへテスト入団
- 2005年:打率.311を記録
- 2005年:オールスターゲーム出場
- 2005年:パ・リーグのベストナイン受賞
こうした経歴から、宮地克彦さんは「リストラの星」と呼ばれるようになりました。
宮地克彦の引退後の経歴|ソフトバンクや西武でコーチ
現役を引退した宮地克彦さんは、ソフトバンクや西武などで指導者を務めました。
宮地克彦さんのおもなコーチ歴は次のとおりです。
- 2008~2010年:福岡ソフトバンクホークス育成担当コーチ
- 2011~2013年:埼玉西武ライオンズ二軍外野守備・走塁コーチ
- 2014~2015年:埼玉西武ライオンズ一軍打撃コーチ
- 2016年:埼玉西武ライオンズ二軍打撃コーチ兼外野守備・走塁コーチ
- 2017~2018年:栃木ゴールデンブレーブスヘッドコーチ
宮地克彦さんは2016年9月、西武から翌シーズンの契約を結ばないことを通告されました。
契約満了については、埼玉西武ライオンズ公式サイトで発表されています。
エイジェックやKMGで指導
宮地克彦さんは、プロ野球や独立リーグで指導したあと、女子野球にも携わっています。
- 2019年:エイジェック女子硬式野球部ゼネラルマネージャー
- 2020~2021年:エイジェック女子硬式野球部ヘッドコーチ
- 2023年~:KMGホールディングス硬式野球部打撃コーチ
九州ハニーズの公式プロフィールには、2019年から2021年までエイジェック女子硬式野球部に所属した経歴が掲載されています。
宮地克彦の現在|九州ハニーズの監督
宮地克彦さんは2022年、女子硬式野球チーム「九州ハニーズ」の監督に就任しました。
九州ハニーズは、九州を拠点として活動している女子硬式野球のクラブチームです。
監督就任の経緯は、九州ハニーズ公式サイトの「監督就任のお知らせ」に掲載されています。
九州ハニーズの運営会社で代表取締役
九州ハニーズの公式サイトでは、宮地克彦さんが運営会社の代表取締役として掲載されています。
会社情報については、九州ハニーズの会社概要で確認できます。
2026年9月9日時点では、監督と運営会社の代表取締役を務めていることが確認できます。
宮地克彦の逮捕報道|2026年9月9日に何があった?
2026年9月9日、宮地克彦さんが不同意わいせつの疑いで逮捕されたと報じられました。
ここからは、2026年9月9日時点で報道されている内容を紹介します。
福岡県警が不同意わいせつの疑いで逮捕
KBC九州朝日放送などによると、福岡県警は2026年9月9日に宮地克彦容疑者を逮捕しました。
宮地克彦容疑者は、不同意わいせつの疑いを持たれています。
逮捕は有罪が確定したことを意味せず、2026年9月9日時点で司法の判断は示されていません。
わいせつな目的について一部否認
RKB毎日放送は、宮地克彦容疑者の供述内容を報じています。
報道によると、宮地克彦容疑者は行為自体を否定していません。
一方で、「結果としてわいせつな行為かもしれないが、決してわいせつな目的はなかった」という趣旨の供述をしています。
このため、行為自体ではなく、わいせつな目的について一部否認していると伝えられています。
九州ハニーズの今後は発表されていない
2026年9月9日の記事確認時点で、九州ハニーズ公式サイトには本件に関する発表は掲載されていません。
宮地克彦容疑者が監督や代表取締役を続けるかどうかについても、正式な発表は確認できません。
今後の処遇については推測せず、九州ハニーズや関係機関からの発表を待つ必要があります。
まとめ|宮地克彦の経歴と現在を整理
宮地克彦さんは、尽誠学園高校から1989年のドラフト4位で西武に指名されました。
投手から外野手へ転向し、戦力外通告を経験したあと、ダイエーへテスト入団しています。
2005年には打率.311を記録し、パ・リーグ外野手部門のベストナインに選ばれました。
現役引退後はソフトバンクや西武、独立リーグなどで指導者を務めています。
2022年からは九州ハニーズの監督を務め、運営会社の代表取締役としても掲載されています。
2026年9月9日には、宮地克彦さんが不同意わいせつの疑いで逮捕されたと報じられました。
本人は行為自体を否定せず、わいせつな目的について一部否認していると報じられています。
逮捕の段階では有罪は確定しておらず、司法の判断も示されていません。
今後、新しい公式発表や報道を確認できた場合は、内容を精査したうえで更新します。