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【元アナウンサー・髙橋美清】現在の職業は?寺の場所や若い頃を調査

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群馬県伊勢崎市の天台宗の寺で住職を務める、元フリーアナウンサーの髙橋美清さん。

そんな髙橋美清さんが、2026年10月22日放送のテレビ東京系『ナゼそこ?』で、人生が180度変わった元人気女性アナとして紹介されました。

番組では、ネットの誹謗中傷をきっかけに、名前や肩書きを捨てて新しい道を選んだ経緯が取り上げられました。

放送を見て「髙橋美清さんの現在の職業は?」「アナウンサー時代はどんな仕事をしていたの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。

この記事では、髙橋美清さんの現在の職業や寺の場所、若い頃のアナウンサー時代、僧侶になった理由について整理しました。

この記事を読んでわかること
  • 髙橋美清さんの現在の職業と活動
  • 髙橋美清さんが住職を務める寺「尋清寺」の場所
  • 髙橋美清さんの若い頃のアナウンサー時代と歌手デビュー
  • 髙橋美清さんがアナウンサーから僧侶になった理由

髙橋美清の現在の職業は?伊勢崎市の寺で住職

髙橋美清さんの現在の職業は天台宗の僧侶で、群馬県伊勢崎市にある寺の住職を務めています。

住職のほかにも講師や保護司といった顔を持ち、ネット中傷に悩む人を支える活動にも力を入れています。

ここでは、髙橋美清さんの今の仕事と活動を順に紹介します。

髙橋美清の現在の職業は住職

髙橋美清さんは2020年12月、群馬県伊勢崎市に天台宗の寺「照諦山 心月院 尋清寺」を建立し、住職を務めています。

寺の公式サイトでは、ご祈祷や疳の虫出し、御朱印、仏画の申し込みを受け付けています。

動物の供養にも対応していると案内されています。

公式サイトによると、髙橋美清さんは大学や短大、専門学校でマナーや礼節を教える講師も務めています。

企業での社員研修も行っているそうです。

【現在の活動】ネット中傷に悩む人の相談・講演

髙橋美清さんは現在、ネット上の誹謗中傷に悩む人の相談に乗る活動を続けています。

インタビューでは、寺を立ち上げたのは「自分の傷を誰かの薬にしたい」と思ったからだと語っています。

寺の公式サイトでは、伊勢崎保護区保護司会の保護司や、SIA認定ネットセーフティ・アドバイザーという肩書きも紹介されています。

講演では、比叡山での修行を通して得た心の在り方などをテーマに、「一隅を照らす」ことの大切さを伝えているそうです。

2026年2月27日には、群馬県玉村町が主催したネット上の人権問題を考える講演会で、講師を務めることが案内されていました。

町の案内によると、中学校や自治体主催の講演会に出演し、自身の体験やネット被害の現状を伝えているそうです。

髙橋美清の現在のテレビ出演

髙橋美清さんはこれまでにも、自身の体験をテレビで語ってきました。

寺の公式サイトでは、NHK総合『逆転人生』や日本テレビ『news every.』で取り上げられ、放送されたことが紹介されています。

2025年6月10日には、日本テレビ系『ザ!世界仰天ニュース』への出演も告知していました。

そして2026年10月22日には、テレビ東京系『ナゼそこ?』に登場しました。

髙橋美清の寺「尋清寺」はどこ?

髙橋美清さんが住職を務める寺の正式名称は「天台宗 照諦山 心月院 尋清寺」で、群馬県伊勢崎市にあります。

読み方は「しょうたいざん しんげついん じんせいじ」です。

寺の場所と、どのような思いで建てられたのかを見ていきましょう。

髙橋美清の寺「尋清寺」は群馬県!

尋清寺は、髙橋美清さんの出身地である群馬県の伊勢崎市にある天台宗の寺です。

ご本尊は、体や心の病を癒やすとされる薬師瑠璃光如来です。

寺の公式サイトでは、寺の名前には、心が清らかであるかを自分自身に尋ねる場所という意味が込められていると説明されています。

御朱印やご祈祷などの申し込みは、寺の公式サイトから受け付けています。

髙橋美清の寺は「駆け込み寺」として建立

尋清寺は、ネット上の誹謗中傷に苦しむ人のための「駆け込み寺」として、2020年12月に建立されました。

報道によると、髙橋美清さんは当初、自宅を寺にする準備を進めていたそうです。

同じ12月には、本尊の薬師瑠璃光如来に魂を入れる「開眼」も行われました。

髙橋美清さんは、ネットがきっかけで子どもが命を落としたというニュースに触れたことも、寺を立ち上げた理由の一つだと語っています。

髙橋美清の若い頃を調査/アナウンサー時代

髙橋美清さんは、アナウンサーとして30年以上のキャリアを積んできました。

当時は「髙橋しげみ」という名前で活動し、競輪中継では女性初のメインキャスターとして活躍していました。

モデル時代から歌手デビューまで、若い頃の歩みを時系列でたどります。

モデルから群馬テレビ・アナウンサーへ

髙橋美清さんは、短大に通いながらモデルとして活動していました。

同じころ、高崎市のホテルでエレクトーンを弾くアルバイトもしていたそうです。

そんな中、地元の群馬テレビから新番組のアシスタントのオーディションに誘われ、合格しました。

本人は、短大卒業後は幼稚園の先生になるつもりだったと振り返っています。

声をかけてもらった仕事を途中で投げ出したくないと考え、まずは1年間テレビの仕事を続けたことが、アナウンサーの道につながりました。

日本テレビ「おはよう天気」のキャスター

その後、髙橋美清さんはフリーアナウンサーとして、東京のキー局の早朝番組で天気予報を担当するようになります。

寺の公式サイトによると、担当したのは日本テレビの「おはよう天気」です。

天気予報を担当し始めたのは1989年だったと、本人が語っています。

アナウンサーとしての訓練を受けた経験がなく、最初はマイクの持ち方もわからなかったそうです。

局のアナウンサーに教わりながら、少しずつ仕事を覚えていったといいます。

「髙橋しげみ」として競輪中継の司会

髙橋美清さんは天気予報と同じころ、競輪場の場内アナウンスの仕事も始めました。

本人は、競輪の世界に飛び込んだ当初は「22、23歳ぐらい」だったと振り返っています。

しばらくは2つの仕事を掛け持ちしていましたが、体調を崩したことをきっかけに、競輪の仕事一本に絞ったそうです。

当時の公営競技の中継では、女性はアシスタントを務めるのが当たり前でした。

そんな中、G1レースの司会を担当していた古舘伊知郎さんが、髙橋美清さんを司会者に推薦してくれたといいます。

こうして髙橋美清さんは「髙橋しげみ」の名前で、競輪のテレビ中継で女性初のメインキャスターになりました。

重賞レースも任されるようになり、当時全国に50か所あった競輪場を飛び回る日々を送ります。

寺の公式サイトでは、競輪中継の司会者として全国74局に出演したと紹介されています。

競輪のイメージを良くしたいと考え、毎回自腹でスーツをそろえ、ヘアメイクも整えて本番に臨んでいたそうです。

競輪の仕事は20年余りにわたって続きました。

北原朱夏として歌手デビュー

髙橋美清さんは2014年、「北原朱夏」の名義でキングレコードから歌手デビューしています。

デビューCDは『波に抱かれて/待ちぼうけの風景〜冬がれの長い道〜』です。

アナウンサーとして活躍しながら、歌手としての活動も始めていました。

しかし、その後に起きた出来事によって、予定していたキャンペーンやラジオ番組などの歌手活動もすべて取りやめになったと語っています。

髙橋美清はなぜ僧侶になった?

髙橋美清さんが僧侶になった背景には、子どものころからの憧れと、ネット上の激しい誹謗中傷がありました。

第一線で活躍していたアナウンサー人生は、なぜ大きく変わったのでしょうか。

ここからは、僧侶になるまでの道のりを時系列で整理します。

祖父は天台宗の僧侶だった

髙橋美清さんの母の実家は寺で、祖父と曾祖父は天台宗の僧侶でした。

8歳のとき、茨城県の寺で行われた祖父が住職になる儀式を見て、僧侶の姿に心を奪われたそうです。

本人は「『お坊さんってかっこいい!』と思ったんです」と振り返っています。

アナウンサーとして働きながらも、「50歳になったらお坊さんになろう」という思いを持ち続けていたといいます。

2011年8月には、母の友人の紹介で天台宗の僧侶に弟子入りし、得度しました。

ただ、この時点では正式な僧侶になるための修行は許されず、競輪の仕事を続けていました。

ネット中傷で仕事を失う

アナウンサーとして第一線で活躍していた50歳のころ、髙橋美清さんの人生は大きく変わります。

きっかけは、ある業界関係者の男性から悩みの相談を受けたことでした。

相談は次第にエスカレートし、300通を超えるメールや400回以上の電話、嘘を書いたブログなど、悪質なストーカー行為に発展したそうです。

髙橋美清さんは警察に相談し、相手の男性は逮捕されました。

逮捕が報道されると、髙橋美清さんが被害者であることが知られてしまいました。

相手の男性が書いた嘘のブログを信じた人たちから、ネット上で激しい誹謗中傷を受けるようになったといいます。

その後、相手の男性が不慮の事故で亡くなったことで、中傷はさらに過熱したと語っています。

最初に失ったのは仕事で、テレビや新聞の仕事は電話一本で終わってしまったそうです。

髙橋美清さんは当時を振り返り、「ネットに殺されて、私は一度死んでいるんです」と話しています。

家から出られない日々が続き、自ら命を絶つことも考えたと明かしています。

比叡山での修行と改名

中傷を受けてから約2年後、髙橋美清さんは僧侶として生きることを決意しました。

52歳で本格的な修行に入るのは前例がほとんどなく、なかなか許可が下りなかったといいます。

それでも思いが受け入れられ、2017年に比叡山延暦寺で60日間の修行「行院」に入りました。

修行を終えた髙橋美清さんは、正式な天台宗の僧侶になりました。

報道によると、行院を行う年の1月1日には改名の届け出を出し、戸籍上の名前も変えています。

アナウンサー時代の「髙橋しげみ」という名前を捨て、法名の「髙橋美清」として生き直す道を選びました。

その後、髙橋美清さんは自分を中傷した加害者の何人かと直接会い、話をしたことも明かしています。

髙橋美清のプロフィール

髙橋美清さんのプロフィールを表にまとめました。

項目 内容
名前 髙橋美清(たかはし びせい)
アナウンサー時代の名前 髙橋しげみ
歌手としての名義 北原朱夏
生まれた年 1964年
年齢 61歳とみられる(2026年10月時点)
出身地 群馬県
現在の職業 天台宗の僧侶(照諦山 心月院 尋清寺の住職)
その他の肩書き 大学・短大・専門学校の講師、保護司、SIA認定ネットセーフティ・アドバイザー
得度 2011年8月
寺の建立 2020年12月
著書 『しあわせの「◯」(まる)』(星雲社)

髙橋美清の現在の職業と若い頃のまとめ

今回は、髙橋美清さんの現在の職業や寺の場所、若い頃のアナウンサー時代、僧侶になった理由について整理しました。

髙橋美清の現在と若い頃のまとめ
  • 現在の職業は天台宗の僧侶で、群馬県伊勢崎市の寺「尋清寺」の住職
  • 講師や保護司を務め、ネット中傷に悩む人の相談・講演も行っている
  • 尋清寺は2020年12月、誹謗中傷に苦しむ人の「駆け込み寺」として建立
  • 若い頃はモデルを経て群馬テレビでデビューし、日本テレビ「おはよう天気」のキャスターに
  • 「髙橋しげみ」の名前で、競輪中継の女性初のメインキャスターとして20年余り活躍
  • 2014年には北原朱夏の名義で歌手デビュー
  • 50歳のころのストーカー被害とネット中傷で仕事を失い、2017年に比叡山で修行して正式な僧侶に

アナウンサーとして積み重ねたキャリアを失った経験は、今では同じように苦しむ人を支える力になっています。

これからも、髙橋美清さんの寺での活動や講演に注目していきたいですね。