政治 PR

高島宗一郎の経歴・プロフィールまとめ|アナウンサー時代から市長就任までの歩み

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

福岡市長を現在4期目まで務める高島宗一郎氏が、2026年8月23日、次の福岡市長選への不出馬を表明しました。

高島氏は元KBC九州朝日放送のアナウンサーで、2010年に36歳で福岡市長に初当選しました。

アナウンサーから政治家へ転身したのは、どのような経緯だったのでしょうか。

この記事では、高島宗一郎氏のプロフィールやアナウンサー時代、市長就任までの経歴を時系列で紹介します。

高島宗一郎の基本プロフィール

まずは、高島宗一郎氏の基本プロフィールを確認しておきましょう。

項目 内容
氏名 高島宗一郎(たかしま そういちろう)
生年月日 1974年11月1日
出身地 大分県大分市
出身大学 獨協大学法学部
前職 KBC九州朝日放送アナウンサー
現職 福岡市長(4期目)

高島宗一郎氏はアナウンサーから36歳で福岡市長へ転身し、2014年・2018年・2022年の市長選でも再選しています。

2026年8月現在は4期目で、11月15日投開票予定の次期市長選には立候補しない意向を表明しています。

出身高校・大学・大学院など詳しい学歴については、高島宗一郎氏の学歴まとめで整理しています。

KBC九州朝日放送でアナウンサーとして活躍

高島宗一郎氏は1997年に獨協大学法学部を卒業後、KBC九州朝日放送へ入社しました。

2010年に退社するまで約13年間、情報番組のキャスターやスポーツ実況などを担当しています。

『アサデス。』など情報番組のキャスターを担当

高島宗一郎氏はKBCの朝の情報番組『アサデス。』でメインキャスターを務めました。

ほかにも、KBCの特別番組『水と緑の物語』など、テレビ・ラジオのさまざまな番組に出演しています。

福岡のローカル局で約13年間、情報番組やスポーツ実況など幅広い仕事を経験しました。

『ワールドプロレスリング』では実況を担当

情報番組だけでなく、テレビ朝日系列の『ワールドプロレスリング』で実況を担当した経歴もあります。

高島宗一郎氏は担当の機会に備えて、資料を整理して持ち歩くなど準備を続けていたといいます。

情報番組のキャスターからプロレス実況まで、幅広いジャンルを経験していたことが分かります。

高島宗一郎はアナウンサー時代から政治家を目指していた

高島宗一郎氏は、突然アナウンサーから政治家を目指したわけではありません。

本人のインタビューによると、もともと政治家を志しており、そのためにアナウンサーという職業を選んだといいます。

知名度を得るためアナウンサーの道へ

高島宗一郎氏は政治家になるための地盤・看板・カバン、いわゆる「三バン」を持っていなかったと振り返っています。

そこで、まずはアナウンサーになって顔を知ってもらうことを目指したと本人が明かしています。

高島宗一郎氏はアナウンサーとして約13年間活動した後、2010年の福岡市長選へ出馬しました。

アナウンサーとして働きながら大学院で政治学を学ぶ

高島宗一郎氏はKBCで働いていた2009年、九州大学大学院法学府へ進学しました。

本人によると、朝の情報番組に出演した後の時間を使い、大学院で政治学を学んでいたといいます。

大学院を含めた詳しい学歴については、学歴まとめをご覧ください。

2010年に福岡市長選へ出馬/36歳で初当選

高島宗一郎氏は2010年9月にKBC九州朝日放送を退社し、同年の福岡市長選挙へ出馬しました。

福岡市長として史上最年少で初当選

2010年の市長選では、高島宗一郎氏が20万9,532票を獲得して初当選しました。

当時36歳で、福岡市長としては史上最年少での初当選でした。

アナウンサーから政令指定都市の市長へという、大きなキャリア転換となりました。

【現在4期目】2014年・2018年・2022年に再選

初当選後は、2014年・2018年・2022年の市長選でも再選しています。

高島宗一郎氏の公式プロフィールによると、この3回はいずれも史上最多得票で再選しました。

2026年8月現在は福岡市長4期目を務めています。

次期福岡市長選への不出馬を表明

高島宗一郎氏は2026年8月23日、SNSを通じて次の福岡市長選に立候補しないことを表明しました。

次の福岡市長選は、2026年11月1日告示・11月15日投開票の予定です。

4期目の任期満了で市長を退任する意向

高島宗一郎氏は不出馬表明の中で、現在の任期は満了まで務めたうえで、「次の世代に襷を繋ぎたい」という考えを示しています。

健康上の問題が理由ではないことも明らかにしています。

2010年12月の市長就任から現在まで約15年8か月で、現在の任期を満了すれば約16年間にわたる市長生活となります。

不出馬を決めた理由は「次の世代」への交代

高島宗一郎氏は、同じ人物が長く市長を続けることには慎重であるべきだという考えも示しています。

自ら退くことを表明することで、次に挑戦する人が手を挙げやすい環境をつくりたいと説明しました。

高島宗一郎氏は5期目を目指さず、「次の世代に襷を繋ぎたい」と説明しています。

父親も大分放送の元アナウンサー

高島宗一郎氏の父親は、元大分放送(OBS)アナウンサーの高島晋一郎氏です。

高島晋一郎氏は大分放送でアナウンサーとして活動し、その後は社長室長も務めています。

高島宗一郎氏もKBC九州朝日放送でアナウンサーを務めており、親子2代でアナウンサーを経験したことになります。

ただし高島宗一郎氏本人は、政治家を目指すうえで知名度を得るため、アナウンサーという仕事を選んだ経緯を語っています。

高校時代は聖飢魔IIのコピーバンドでドラムを担当

高島宗一郎氏には、政治家やアナウンサーとは違った一面もあります。

高校時代には聖飢魔IIのコピーバンドでドラムを担当していました。

高校時代から30年以上の聖飢魔IIファン

高島宗一郎氏は高校時代、聖飢魔IIのコピーバンドでドラムを演奏していました。

2025年には当時の演奏動画を自身のInstagramで公開しており、30年以上にわたる聖飢魔IIファンであることが話題になりました。

アナウンサー時代には、KBCの番組でデーモン閣下に自身のコピーバンド経験を伝えていたといいます。

2025年には聖飢魔IIのライブで突然ドラムを演奏

2025年7月19日には、福岡サンパレスで行われた聖飢魔IIのライブを一般客として観覧していました。

ところがアンコールでステージに呼ばれ、打ち合わせやリハーサルなしでドラムを演奏することになりました。

演奏したのは『STAINLESS NIGHT』で、高島宗一郎氏は後にこの突然の展開を「悪魔の所業」と振り返っています。

高校時代から憧れていた聖飢魔IIのメンバーと実際に演奏する、思いがけない共演となりました。

まとめ

高島宗一郎氏は、獨協大学法学部を卒業後、KBC九州朝日放送で約13年間アナウンサーとして活動しました。

本人によると以前から政治家を志しており、アナウンサーとして働きながら九州大学大学院で政治学も学んでいます。

2010年には36歳で福岡市長に初当選し、その後3回の再選を経て、2026年8月現在は4期目を務めています。

2026年8月23日には次の市長選への不出馬を表明し、現在の任期をもって次の世代へ引き継ぐ意向を明らかにしました。

アナウンサーから政治家へという経歴だけでなく、学生時代から政治家を志していたことも高島氏の特徴的な経歴のひとつです。

また、高校時代には聖飢魔IIのコピーバンドでドラムを担当していた一面もあります。

出身高校・大学・大学院などについては、高島宗一郎氏の学歴まとめもあわせてご覧ください。